桑名の歴史 七里の渡し

公開日: 2026/9/8

東海道といえば、旅人が歩いてつないだ道――そんなイメージがありますよね。ところが桑名には、東海道でただ一区間だけ「船で海の上を渡る」という、ちょっと変わったルートがありました。それが七里の渡し(しちりのわたし)です。

宮宿(みやじゅく/現在の名古屋市熱田区)と桑名宿を、海路でむすんだこの渡し。桑名を象徴する歴史スポットとして、いまも跡地に大きな鳥居が立っています。今回はこの「海の東海道」の魅力をたどってみましょう。

なぜ「歩かず船」だったの?

桑名のあたりは、木曽川・長良川・揖斐川という木曽三川が河口で集まる土地。江戸時代の技術では、これだけ大きな川がいくつも合流する河口に橋を架けるのは難しく、旅人は船で渡るしかありませんでした。海路が選ばれたのは、桑名ならではの地形の事情だったんですね。

徳川家康が関ヶ原の戦いのあと、慶長6年(1601年)から東海道の整備を始めると、桑名〜宮の海路も東海道の正式なルートとして位置づけられていきます。桑名は東海道で42番目の宿場町(桑名宿)として、大いに賑わいを見せました。

「七里」ってどれくらい?

名前の由来は、宮宿から桑名までの海上の距離がおよそ七里(約27〜28km)あったことから。船でおよそ4時間ほどの船旅だったといわれます。

天候や潮の具合によっては欠航したり、思わぬ時間がかかったりすることもあったそう。歩き慣れた旅人にとっても、海の上の道はちょっとした冒険だったのかもしれません。

「伊勢国一の鳥居」

七里の渡跡に立つ大きな鳥居は、「伊勢国一の鳥居(いせのくに いちのとりい)」と呼ばれています。ここから先が伊勢の国――つまり、旅人にとってお伊勢参りの玄関口を示す鳥居なのです。

この鳥居には特別な習わしがあります。伊勢神宮の式年遷宮(20年に一度、社殿を建て替える儀式)にあわせて建て替えられ、伊勢神宮の宇治橋のたもとにあった鳥居が、この地に受け継がれてくるのだそう。桑名の玄関口と、お伊勢さんとが、鳥居を通じて今もつながっているというわけですね。

いまの七里の渡跡

現在の七里の渡跡は、桑名市東船馬町にある水辺のスポット。かつての賑わいをしのばせる大鳥居が立ち、川面ごしにゆったりとした景色が広がります。

すぐ近くには、桑名城の隅櫓を再建した蟠龍櫓(ばんりゅうやぐら)が。「海に浮かぶ城」ともいわれた桑名城のシンボル的存在で、七里の渡跡からもよく見えるランドマークです。ほかにも桑名城の城壁跡や住吉神社など、川沿いに歴史スポットが点在していて、のんびり散策するのにぴったりのエリアになっています。

アクセス

  • 所在地:三重県桑名市東船馬町
  • アクセス:バス停「本町」から徒歩約5分
  • ※専用駐車場はありません。周辺の散策とあわせて公共交通機関の利用がおすすめです。

ちょっと豆知識

  • 七里の渡しは、歌川広重の浮世絵「東海道五十三次」でも桑名の風景として描かれ、大鳥居と船着き場が旅情たっぷりに残されています。
  • すぐ近くの「桑名七里の渡し公園」など、周辺は水と歴史を感じられる公園として整備が進んでいます。

まとめ

  • 七里の渡しは、東海道で唯一の海路。宮宿(熱田)と桑名宿を約七里(27〜28km)の船旅でむすんだ
  • 木曽三川の河口で橋が架けられなかったため、船で渡るルートになった
  • 跡地の大鳥居は「伊勢国一の鳥居」。伊勢神宮の式年遷宮にあわせて建て替えられる
  • 近くには桑名城のシンボル蟠龍櫓もあり、水辺の歴史散策が楽しめる

海の上を旅した東海道――桑名を訪れたら、ぜひ大鳥居の前に立って、当時の旅人の気分を味わってみてください。

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